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私は悪役令嬢らしいので、ラスボスを愛でる係になることにしました
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私は悪役令嬢らしいので、ラスボスを愛でる係になることにしました

著者:新 星緒 イラスト:仁藤あかね

プロローグ ラスボスに突撃する

 窓や扉などの開口部以外すべての壁が、棚だった。隙間なく整然と並べられている魔法書や魔道具、薬草のたぐい。床にはかなり大きな天球儀がひとつ置かれている。
 魔法省の筆頭魔術師用執務室は、まるで『実務担当ヒラ魔術師』の仕事部屋みたいだった。助手や秘書用の席もない。あるのはこの部屋の主のための執務机のみ。
 部屋の主は、先日その地位についたばかりのシルヴァン様。王弟にして公爵という素晴らしい身分に加え、類まれなる美貌と清らかな心の持ち主でもある。世間からは『慈愛の天使』とか『高潔な聖人』と褒めたたえられている。
 そんなシルヴァン様は私の言葉を聞くなり、ぴしゃりと固まった。
「……今、なんとおっしゃいましたか」
 シルヴァン様は戸惑いの表情を浮かべ、両手に数冊の本を抱えたまま、机の前に立ち尽くす。
 とてもレアなお姿だ。彼はいつだって、柔らかな微笑をたたえている人だもの。それだけ困惑したのでしょうね。わかるわ。私の申し出は、予想の斜め上を行きすぎたのよね。
 でもね、私は知っているの。
 シルヴァン様の優しく穏やかな姿は、偽物。本当は冷酷で腹黒な人間なのよ。神がかった完璧な演技で、徹底的に世間を騙している。
 そんな彼こそは、この世界におけるラスボス!
 前世における私の最推しキャラ!
 好きで好きで仕方なかったシルヴァン様が、今私の目の前に!
 ……ああ、ダメね。興奮しすぎては目的を達成できないわ。落ち着いて、確実にラスボスを追い詰めるのよ!
 私は現状を把握できていないラスボスに、噛んで含めるように願いを伝える。
「では、もう一度申し上げますわね。私を筆頭魔術師様専属の雑用係にしてくださいませ」
 ラスボスは美しい目を瞠る。先ほどの私の発言が、聞き間違いではなかったとわかったみたい。
 期待を込めてラスボスを見つめ続けている私。一方でシルヴァン様はゆっくりと手にしていた本を机上に置き、優しげに微笑んだ。 
 ううっ、眩い! あまりの美しさに、お姿が光り輝いているように見える。
 だってシルヴァン様は天上の天使もかくや、というほどの美貌の持ち主なんだもの。
 煌めく銀色の髪と、透き通ったアイスブルーの瞳を持ち、目元は涼やか。知的な額に、完璧な稜線を描く鼻梁。白皙の頬に、常に柔らかな微笑みをたたえている口元。上品で清楚、理知的で泰然。
 そんな彼の微笑みは、美の最高峰で。彼の実態が、中身ヤバめのラスボスだと知っていても、いえ、だからこそ常識を越えた美しさに、私の魂は天に召されそうになってしまう。
「王太子の婚約者であり公爵令嬢でもあるあなたを、雑用係にだなんてできませんね」
 おっと。魂を飛ばしている場合ではなかったわ。お断りされてしまった。でもね、それは想定内のお返事なのよ。
「いったいどうしたというのですか。『常に冷静で判断を過たない』と賞賛される、あなたらしくない振る舞いではありませんか」
 それは多分、私がここへ断りもなしに突撃訪問したことも、含んでいるのでしょうね。
 私、ロクサーヌ・ベルジュは彼の言ったとおりに、公爵令嬢にして王太子の婚約者。今までマナーから外れることは、一切しなかった。幼少のころから未来の国母として厳しく躾けられたし、自分でもそれにふさわしい人間であろうと努力してきたから。
 だけど最推しを前にしたら、そんなことはどうでもよくなるの。それになんといったって、私は悪役令嬢だもの。悪役は悪役らしく、自分の欲望のままに突っ走るのよ。
 私は右手の人差し指を立てる。 
「理由のまずひとつめ。オラス殿下のサポートをするのは、もううんざりですの。あれは『サ
ポート』ではありませんわ。『奴隷』です」
 オラスは、王太子で私の婚約者。王弟であるシルヴァン様の甥にあたる。だけど、シルヴァン様がオラスに関する真実を知っているのかどうかは、わからない。私の卑怯な婚約者は、とても外面が良いから。
 でもそれは、今は大事なことではないわ。次に中指も立てる。
「理由、ふたつめ。オラス殿下は最近男爵令嬢のピアに恋しています。今までのお遊びとは確
実に違いますわ。やがて私との婚約を破棄するでしょう。そのときに備えて手に職をつけたいのです」
「雑用係で?」
 不思議そうに尋ねるラスボス。
「そしてみっつめ」
 私は彼の言葉を無視して続ける。
「ご存じかと思いますが、私は原因不明の体調不良で、三日三晩も意識を失っていました。これは病ではなく、魔法によるものだった可能性があります。でもそれがどんな術だったかは、わかりません。となれば最も信頼できて、多くの魔法書にあたる権限を持つ方のそばで情報を得ようとするのは、自然なことですわよね」
 嘘も方便。こんな目的は一切ない。だって、体調不良の原因はわかっているもの。
 だけどこれだけ理由を列挙すれば、ラスボスも私が気まぐれで『雑用係にしろ』と迫っているのではないと、わかるはずよ。
 それに体調不良の直前に、私が魔法で眠らされて軟禁されるという事件があった。こちらの真犯人は公表されていないけれどオラスで、そのことをシルヴァン様も知っている。
 となれば今回も犯人は同一人物の可能性が高く、だから私が直接魔法省に乗り込んできた――とシルヴァン様は考えるはず。
 私は上げていた手を下げた。
「なるほど。きちんとした理由があるのですね」
 ラスボスは笑顔を浮かべた。
 ほらね! 納得してくれた。作戦勝ちね。
「ですが、私は秘書も近侍も置かない主義です」
「存じていますわ」
 たとえ知らなくても、この部屋を見れば一目瞭然だし。
「ならば、答えはおわかりになりますね。申し訳ありません。お引き取りを」
 では、最後の切り札ね。
「よっつめ」
 私は再び右手を上げて、親指以外のすべての指を立てた。
 ここは筆頭魔術師の執務室。シールド魔法で厳重に守られている。ということはつまり、誰も盗聴できない。安心して爆弾発言ができるというものよ。
「あなたの本当の顔を存じていますわ。おそばで見守りたいの」
「なんのこと――」
「黒魔術」
 それだけ言って、口をつぐむ。
 黒魔術は我が国や周辺諸国では、使用も習得も禁じられている。あまりに倫理にもとる術が多くあるためらしい。
 けれどシルヴァン様は、それを自在に使うことができる。もしこのことが外部に知られたら、いかに王弟といえども処刑は免れ得ない。
 ラスボスは笑顔でなにか言おうとした。だけど、やめたようだった。
 頭のいい人だもの。私が思い付きやはったりで発言したわけではないと、気づいているはずよ。
「殺さないでくださいね」
 ラスボスが行動に移す前に、釘を刺す。
「私は有用ですよ」
「どのあたりがかな」
 さすがラスボス。先ほどの動揺を微塵も見せない笑顔だわ。ただそれは、以前のものとは違う。どこか闇をまとっていて不穏な雰囲気がある。素晴らしいわ! 好みど真ん中! 好きすぎて、胸が高鳴ってしまう!
 でも、冷静にならなくてはね。今は交渉をするときだもの。
「このままいくと、あなたの計画は良いところで邪魔が入りますの。その先にあるのは無念の死ですわ。でも私は、それを知っている」
「目的は」
「おそばで見守りたいだけですわ。あなたが好きなんです」
 ラスボスがわずかに目を細めた。
「まさか、この前助けたことで――」
「違います。あなたの本質を知ったからですの」
 ますます疑わしげな顔をするシルヴァン様。そうよね。慈愛に満ちた天使より、腹黒な危険思想男のほうがいいなんて言う人間に出会うのは、初めてでしょうから。
「一筋縄ではいかない人が好みですの。それと、ご心配なさらないで。迫りはしません。私には婚約者がおりますもの。本当に、あなたが腹黒い本性を隠して善良ぶっている姿を、堪能したいだけです。それだけで幸せですわ」
 そう、よだれが垂れそうなほどにね! じゅるり。
「気持ち悪い……」
 いつも笑顔のシルヴァン様が、はっきりと顔をしかめた。
 なんて尊い! 私にそんな顔を見せてくれるなんて。嬉しくてにやけてしまうわ。
「う……不気味……」
 ドン引きの表情のシルヴァン様が、心持ち後ろにのけぞる。
「でもお役に立ちますわよ」
「……どうしてそれを知っている」
 急に話が変わったわ。黒魔術や計画のことね。この疑問への返答は、ちゃんと考えてあるの。
「見たからです」
「予知夢か」
「そんなところでしょうね。私もよくわかりません」
 話を濁すと、猫かぶりをやめたらしいラスボスが、ギロリと私を睨んだ。
「私がなぜ計画を立てるかも、見ているのか」
 もちろん、知っているわ。番外編で読んだもの。だけれど、「いいえ」と答えた。
 シルヴァン様は息を吐き、ぞんざいに前髪をかきあげた。
 なんて素敵な仕草なの! あまりに色気たっぷりで、気が遠くなってしまいそう!
 そんな意識が飛びかけた私を、不機嫌な声が現実に引き戻す。
「口裏を合わせるぞ」
 それってつまり、雑用係採用ということよね。やったわ。見事に目的達成!
 これで大好きなラスボスを、おそばで愛でて愛でて愛でまくる日々を送ることができるのだわ!