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新人魔法使いオルトリアは人並みの幸福がほしい ~婚約破棄に追放されても知っていたので平気ですよ!~ 1
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新人魔法使いオルトリアは人並みの幸福がほしい ~婚約破棄に追放されても知っていたので平気ですよ!~ 1

著者:日之影ソラ イラスト:匈歌ハトリ

プロローグ

 迫りくる魔物の群れ。手足は動くし、魔力だって残っている。でも、私の心は立ち止まろうとしていた。
「もう……疲れちゃった」
 そう、疲れてしまったから。いろんなことに。独りぼっちで立ち向かう気力は残されていなかった。
 死ぬことは怖い……それ以上に、このまま一人で生きていくほうが寂しい。
 だからここで終わっても──
「──よく頑張ったな!」
「え?」
 力が抜けそうになった時、誰かが私の前に降り立った。
 白銀の髪に白い騎士のマントを翻し、引き抜いた剣は魔力を纏う。
「あとは任せろ」
 瞬間、彼は剣を振るった。その後ろ姿に、私はガラにもなく運命を感じてしまう。
 これは運命であり、宿命の出会いである。

◇◇◇

「オルトリア、君との関係も今日で終わりになる。婚約を、破棄させてもらうよ」
「──」
 屋敷にやってきた婚約者のアルベルト様が私に告げる。無機質に、なんの躊躇いもなく。
 突然のことでわずかに身体が反応する。けれど驚いたわけじゃなかった。
 私は心の中で思う。ついにこの日がやってきたのか、と。
「……一応、理由を聞いてもよろしいですか?」
「理由か。言わずともすでに気づいていると思ったのだけど……まぁ最後だ。この際ハッキリと言ってあげたほうがいいね」
「お願いします」
 私の反応を見て、彼はムスッと苛立ちを顔に浮かべる。小さくため息をこぼした彼は、冷たい視線を向けて私に言い放つ。
「僕は初めから、君を愛してなどいなかったよ」
「……」
「この婚約は家同士が勝手に決めたものだ。正直苛立ちすらあった。どうして僕が、平民の血を引く君なんかと婚約しなくちゃいけないのかってね」
 そうでしょうね。私は知っていましたよ。あなたが私を見る目は、いつも笑顔の裏に苛立ちや見下す気持ちが宿っていた。
 何度も顔を合わせれば嫌でもわかってしまう。彼が最初から、私のことが嫌いだということくらい。
 アルベルト様は呆れながら言う。
「まったく困ったものだよ。周囲の目もあるから無下にもできない。ただ、それも今日限りだ。君はまだ知らないよね? これから自分がどうなるのか。その話は彼女からしてもらおう」
 彼はニヤリと笑みを浮かべる。部屋の扉に視線を向けると、彼は一言、入ってきていいよと言った。すると扉がガチャリと開く。
 ゆっくり、私の部屋に彼女は入ってくる。綺麗で華やかなドレスは、まるでパーティーにでも参加する前のようだった。
「ごきげんよう、お姉様」
「セリカ……」
 姿を見せたのは私の妹、セリカ・ブシーロ。歳は私の二つ下。容姿も、雰囲気も、年下だけど私よりも大人っぽくて貴族らしい。並べば明らかなほど似ていない。
 それは当然だろう。姉妹と言っても、私と彼女は一切血がつながっていないのだから。
 それでも彼女が姉と呼んでくれるのは、今日限りかもしれない。
「紹介するよ。彼女が僕の新しい婚約者だ」
「そういうことになっています。お話が遅れてしまってごめんなさい」
 謝りながらセリカは笑顔だった。隣で肩に手を回すアルベルト様も、にっこりと楽しそうだ。清々しいほどに、悪いなんて思っていない。むしろ二人の幸福を祝福しろと言われている気分だ。
「もちろん、お父様とお母様にもご理解いただいております」
「僕たちの婚約は正式決定だ。君がどう思うか知らないけど、もうどうにもならないよ」
「……そうですか」
「話はこれで半分だ。もう一つ、君にとってはとても大きな報告がある」
「お姉様……」
「すまないね、セリカ。辛いだろうけど、君の口から伝えてくれないか?」
「……はい。それが妹としての、最後の務めですね」
 悲しんでいるフリをしながら、嘘の涙まで流す。相変わらずセリカは表情を作るのが上手い。彼女のことを知らない他人なら、その涙や悲しみの表情も本物だと勘違いしていただろう。
 私は、彼女の本質を知っているから誤魔化されないけれど。表では涙を流し、裏では笑みを浮かべている。それが彼女だ。
「お姉様……お父様とお母様から、言伝を預かっています」
「……」
「アルベルト様との婚約解消に伴い、お姉様をブシーロ伯爵家から除名する……そうです」
「除名……」
 家名を失う。要するに、家から追放されるという意味だった。
 セリカは悲しそうなフリをしながら、つらつらと言葉を漏らす。
「こんなことになってしまうなんて……思っていませんでした。お姉様は何も悪くありません。きっと……お父様とお母様も悲しんでいるはずです」
「僕もとても悲しいよ。君とは長い付き合いだった。もう会うことすらなくなってしまうというのは、多少の寂しさを感じる」
「……」
 二人ともわざとらし過ぎて、一切悲しいなんて思えない。
 両親が悲しむ? 自分たちが私を追い出す決定をしたのに、どうして悲しむことができるのだろう。セリカだって、私を姉と呼びたくないと内心では思っていたはずだ。
 アルベルト様が寂しいなんて思うはずもない。だから私は……。
「そうですか。わざわざ伝えに来てくれて、どうもありがとうございました!」
「──!」
「お姉……様?」
「二人とも、どうかお幸せになってください。お父さんとお母さんにも、今までありがとうと伝えてください」
 私は精一杯の笑顔で二人に感謝の気持ちを伝えた。
 そんな私を見て、逆に二人のほうが目を大きく開いて驚いていた。
「それじゃあ私は、これから荷造りをします。できるだけ早く終わらせるので安心してください」
「ま、待ってくれ」
「はい?」
 荷造りを始めようと動き出した私を、なぜかアルベルト様が引き留める。
 背を向けた私は、彼のほうへと振り戻る。二人とも、ひどく驚いた表情のまま私をぼーっと見つめていた。
「まだ何かありましたか?」
「……ど、どうして平然としていられるんだ?」
「お姉様は……家を、婚約者も失ったのですよ? なのにどうして……笑っていられるのですか?」
 二人は私を見て感じた疑問をストレートに聞いてきた。話は終わったはずなのに部屋に残り、そんな質問をしてくる。よほど予想外だったのだろう。
 私とは正反対に。私は小さくため息をこぼし、優しい笑顔を作って答える。
「だって、最初からわかっていましたから。こうなることは全部」
 私は元婚約者のアルベルト様に視線を向ける。
「アルベルト様が私を愛していないことはわかっていました。陰でこっそり、セリカと仲良くされていることも知っていたんですよ」
 珍しくアルベルト様は焦りを見せる。いつも余裕で落ち着きのある彼が、目を逸らして動揺を見せるなんて初めてかもしれない。私は続けて、セリカに視線を向ける。
「セリカ、私たちは本当の姉妹じゃない。今のお父様とお母様にとって、私はただの他人……知らない二人の子供でしかない。だから、いつか追い出されるってわかってたよ」
 私の家系、ブシーロ伯爵家はちょっぴり変わった事情を抱えている。現当主である父と母、二人は私の本当の両親じゃない。十八年前、私はブシーロ家の長女として生まれた。私のお父さんは、現当主の実兄だった。平民の町娘だった私のお母さんに一目ぼれしたお父さんは、周囲の反対を無視して結婚したらしい。
 貴族の当主が、平民の女性を妻にする。普通じゃ考えられないことをしたお父さんは、周囲からも変わり者だと思われていたそうだ。そんなお父さんは、私が物心つく前に突然いなくなってしまった。なんの前触れもなく、屋敷からいなくなった。
 しばらくしても戻らなかったお父さんの代わりに、お父さんの弟が当主になった。それが今の当主で、セリカの父親。彼は私のお父さんとお母さんのことを快く思っていなかった。平民の癖に貴族になり上がったと言ってお母さんを軽蔑していた。
 お父さんがいなくなり、お母さんの屋敷での立場は一気に悪くなる。彼はお母さんと再婚するわけでもなく、別の貴族から新しい妻を娶った。そして私が生まれて二年後、セリカが生まれた。
 私とお母さんは、屋敷でも腫物扱いだ。お母さんは身体が弱くて、私を生んでから体調を崩していた。ベッドから起きられない日も少なくない。
 それでも、私と一緒にいるときは常に笑顔を見せてくれた。お母さんの笑顔が、私は大好きだった。
 そして、私が五歳になった年。お母さんは病に倒れて二度と目を覚まさなかった。
「今のブシーロ家で、私だけが赤の他人なんだよ」
 心の整理は、とっくの昔に終わっている。
「だからセリカ、お父様とお母様のこと、よろしくね? 私はもうブシーロ家の人間じゃないし、この屋敷を出たら……二度と入ることはないと思うから」
「……はい。お姉様も、お元気で?」
「……やはり理解できないな」
 アルベルト様は眉間にしわを寄せてそう言った。不可解なものを見る目で私を見ている。
「予想していたのはわかった。だがそれでも、何もかも失ったんだ。もっと悲しんだりするべきじゃないのか?」
「──お母さんが最後にくれた言葉です」
 私は笑う。精一杯に、作りものでも笑いきる。
「辛くても、苦しくても、笑顔を忘れないで。笑顔でいれば必ず……幸せは向こうから来てくれるから!」
 そう言って笑いながら、お母さんは私の前で眠りについた。病気でやせ細り、痛みだってあったはずだ。苦しかったはずだ。
 だけど、お母さんは笑っていた。
 私に最後の瞬間まで、笑いかけてくれた。
「だから私は、どんなことがあっても笑顔を忘れません。これからも、ずっと──」
 私は歩き出す。一人で。居場所を失い、新しい居場所はすでにある。
 今日からはブシーロ家の令嬢じゃない。
 私は一人の……。魔法使いとして生きる。
「よろしくお願いします!」
 たとえ全てを失っても。笑顔だけは絶やさずに生きていくんだ。

◇◇◇

 十八年過ごした屋敷。名残惜しさはほどほどに、私は屋敷を出て行く。それほど多くない荷物を担ぎ、最後に深々とお辞儀をして。
「お世話になりました」
 頭を上げたら笑顔を作る。これは終わりじゃない。新しい人生のスタートなんだと思っている。私は古い我が家に背を向け歩き出した。足取りはそれほど重くない。
 住む場所も、肩書もなくしてしまった私だけど、行き場を失ったわけじゃなかった。私が向かった先は、王城の敷地内にある宮廷。宮廷には遠方から働くためにやってきた人たちのために、寮が併設されている。
 一般に貴族ばかりの宮廷では使われない寮だけど、私みたいな立場の人間にはありがたいシステムだ。すでに鍵は預かっている。
 二階の一番端にある部屋が、私の新しい家だ。鍵を使い、ガチャリと扉を開ける。
 部屋はそれほど広くない。私が屋敷で過ごしていた部屋の半分くらいだろうか。それでも十分だった。
 家具は揃っているし、今すぐ寝ることだってできる。私はカバンを下ろしてから、窓を開けて外を見る。
「うん、悪くない」
 ここが私の新天地。何年もかけて手に入れた私だけの居場所だ。
「あ! 早くいかないと!」
 新人が遅刻するなんて失礼なことをしてはいけない。朝早くに屋敷を出たのも、仕事に間に合うようにするためだった。
 私は宮廷の服に着替えると、急いで仕事場へ向かう。そう、私はこの宮廷で働いている。魔法使いの一人として。
 今から一年と少し前のこと。私は元両親に頼んで、宮廷の試験を受けさせてもらった。見事に合格できた私は、一年間見習いとして働き、今年から正式に宮廷魔法使いの一員となった。
 いずれ屋敷を出ることになるのはわかっていた。一人で生きるためにはお金がいる。どうすれば生きていけるのか。私に何ができるのかを考え、探り、試していった。
 そうして私は、自分に魔法使いとしての素質があることに気付いた。私にとってそれは、唯一見つけた光だった。
 この国で魔法使いとして成功することは、それだけで大きな意味を持つ。独学で魔法を学び、宮廷入りを目指した。宮廷にさえ入ることができれば、いつ追い出されても住む場所もお金も手に入る。
 幸い試験を受けさせてもらえたし、無事に合格することもできた。私が屋敷を追い出されても平気でいられたのは、自分の仕事を見つけていたからと言っても過言じゃない。
 これがなければ今頃、路頭に迷っていただろう。
「おはようございます!」
 仕事場である宮廷の研究室に入る。中にはすでに先輩たちが数人いて、仕事を始めていた。私の元気いっぱいな挨拶に視線だけで反応して、声は返してもらえない。
 これもいつものことだ。宮廷で働く人のほとんどは貴族の出身で、平民を快く思わない人が多い。屋敷で受けていた冷たい態度を、仕事場でも受けていた。けれど一年も続けば慣れてしまう。私は気にせず、自分の仕事を始める。
「オルトリアさん、こっちの魔導具の調整、今日中に終わらせておいて」
「わかりました!」
「魔導機関が昨日から不調らしいわ。あとで見に行ってもらえる?」
「はい。これが終わったらすぐに」
 宮廷魔法使いの仕事は多岐にわたる。王都の生活を支える魔導機関の管理や、各種魔導具の調整、開発。新しい魔法を作ったり、時には戦闘に駆り出されることもある。
 魔法は極めれば何でもできる万能な力だ。だからこそ、魔法を扱う者にも様々な仕事が与えられる。この国の生活を支えているのは、私たち魔法使いだと言ってもいい。
 誇りある仕事だ。ただ……。
「オルトリアさん、錬金課でポーションの生産が間に合っていないそうなの。午後から手伝いに行ってもらえる?」
「あ、はい。じゃあ調整は午前中に」
「お願いね」
 新人に与えられる仕事量としては……かなり多いと思う。同期の子たちの様子を見たことがあるけど、こんなに一気に仕事を与えられてはいなかった。
 嫌がらせだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 彼女たちにとって私は、平民の癖に生意気に宮廷で働いている嫌な奴……なのだろう。こういう扱いもわかっていた。仕事を与えられるのは悪いことじゃない。
 ある意味では期待してもらっているのだと考えて、前向きに取り組むことにした。
「ホントに生意気よね、あの子」
「オルトリアさんでしょ? 新人の癖に張り切っちゃって、どうせすぐ潰れると思ったのに」
「だからムカつくのよ。さっさと音を上げなさいよ」
「……」
 時折、聞こえる声で私の悪口が聞こえてくる。私は聞き流し、気にしないようにしていた。気にしたところで意味がない。腹を立てても、悲しんでも変わらない。
 私はただ、与えられた仕事をちゃんと全うして、真面目に働くだけだ。そうしていれば、いつか本当の意味で評価してもらえる日が来る。
 私は汗を流し駆け回り、そう信じて頑張っていた。

◇◇◇

 屋敷を出て数日が経過したある日。
 私を含む数名の宮廷魔法使いは、騎士団と合同で魔物退治をすることになった。場所は王都近郊の山奥。毎年この時期になると大量の魔物が山を越えて、王都近郊までやってくる。王都と他の街を繋ぐ街道の安全を維持するため、大進行する魔物たちを退けなければならない。
 魔物退治はとても危険な仕事だ。本来なら新人魔法使いが選ばれることはない。だけどなぜか今回は、新人の私も討伐隊のメンバーに名前が入っていた。
「今回は例年に比べ魔物の数も種類も多い! よって厳しい戦いになるだろう。各人、各々の職務を全うしてくれ!」
 戦闘地帯である山奥の手前で、作戦に参加する騎士たちや魔法使いが集められ、作戦の最終確認が行われている。
 全ての魔物を討伐する必要はない。本作戦の最優先は、魔物を王都近郊から遠ざけることにある。よって魔物の逃げ道を残し、王都や街道側に近寄らせないように陣を敷く。
 私たち宮廷魔法使いの役割は、前線で戦う騎士たちの援護だ。魔法使いの利点は、どんな状況にも対応できる柔軟性と、多数の敵に対しても有効な手段を多く持っていること。
 騎士たちは十の部隊に分かれて行動し、各部隊に最低三名の宮廷魔法使いが配属されている。私も、同じ研究室で働く先輩二人と同じ班になった。
「足を引っ張らないでよ? オルトリア」
「はい! 頑張ります」
 見習いの時に魔物退治には何度か同行させてもらっている。正式にメンバーとして戦うのは初めてだから緊張する。
 先輩たちの言う通り足手まといにならないよう精一杯頑張ろう。
 ふと、先輩たちを見る。さすが何度も経験しているから、二人とも笑みをこぼしていた。
 私も二人のように、こういう状況でも落ち着いていられるようになりたい。
 この時はそう思っていた。けれど私は気づくべきだった。二人の笑みの理由を。
 定刻になり、戦闘が開始される。魔物たちは想定通りのルートを通り、山奥の川沿いを大群を作り進行していた。
 最初の一撃は、私たち魔法使いが請け負う。私は大きく深呼吸をして、他の魔法使いと一緒に狙いを定める。
「氷塊の激流!」
 一帯に凍結魔法を発動させる。
 川の周囲は水気も多く、氷の壁を生み出し魔物たちの行く手を阻む。
「今だ! 迎撃を開始せよ!」
 騎士団の皆が一斉に魔物たちに駆け出す。自分より何倍も大きい魔物に怯みもせず、勇敢に斬りかかる姿に感銘を受ける。
 私も頑張らなくちゃ。
 そう思った私は、同じ部隊の騎士たちを援護する。
「筋力強化! 耐久向上!」
 同部隊の騎士たちに向けて支援魔法を発動させる。一時的な筋力向上と、耐久性を増加させた。
「おお、身体がいつもより軽くなった! 支援感謝する!」
「はい!」
 これで騎士たちは力いっぱい戦える。続けて私は上空を飛ぶ魔物に視線を向ける。
 空高くまで飛ばれると、騎士たちの攻撃はもちろん、魔法使いの私たちでも取り逃す危険がある。先に空の逃げ道は塞ぐべきだ。
「煌々たる陽ざしの障壁!」
 大空に透明な壁を生成する。あらゆる攻撃、衝撃を反射する光の壁だ。
 これで空へ逃げようとする魔物は壁にぶつかり落下する。それでも間を縫って通り抜けようとする魔物には、私が直接攻撃する。
「突き穿つ氷柱」
 巨大な氷柱を無数に生成し、空飛ぶ魔物を撃墜していく。最初の攻撃で凍結魔法が効いていた。辺り一面には冷気が満ちていて、氷結系の魔法の効果があがっている。
「いいなあの子、見ない顔だが新人か?」
「かなり的確な動きをしてくれる。お陰でこっちもやりやすい」
「その調子で頼むよ!」
「あ、ありがとうございます!」
 動きがいいと騎士の方々に褒めてもらえた。嬉しさに心の中でぐっとガッツポーズをする。
 宮廷と違い、騎士団には私のように平民出身の人も多く在籍しているから、今いる環境ほど偏見は持たれていない。純粋な賞賛は久しぶりで、自然と顔がニヤケてしまう。
「何笑ってるのよ。戦場で笑うなんて不謹慎よ!」
「す、すみません」
 先輩には怒られてしまった。確かに、みんなが必死に戦っている場で歯を見せて笑うのはよくなかった。
 笑うなら無事に作戦が終わった時に目いっぱい笑おう。幸いなことに作戦は順調だった。例年より魔物の数や種類は多いけど、適材適所に対応できている。
 私も、自分でも驚くほど冷静で、身体が自由に動いていた。
 作戦開始から三十分。
 魔物たちの勢いは依然として衰えないものの、徐々に終わりは見えてきた。
「フレアフォース! ライトニングダガー!」
「すごいなあの子本当に。もうずっと攻撃魔法を撃ち続けてないか?」
「俺たちへの支援も継続してる。他の魔法使いはへばってきてるのに、魔力量だけじゃない。体力も根性もある」
「いい新人が入ってるな」
「……ちっ」
 不思議なくらい身体が軽い。訓練でもこんなに全力で、自由に魔法を使うことはできなかった。もしかしたら初めてかもしれない。私は今、魔法を堪能している。
 そこへよくない知らせが舞い込む。一人の若い騎士が駆け寄り、私たちを含む各部隊に伝える。
「──た、大変だ! 十時の方向から別の魔物が迫っている!」
「なんだと? 数は?」
「そこまで多くはないが、最低でも一部隊は必要だ。誰か手が空いている者は対処に向かってほしい!」
「オルトリア、私たちで行きましょう」
 先輩の一人が私の隣に立ち提案する。
「先輩?」
「数はそこまで多くないなら、魔法使いの私たちが適任よ」
「わ、わかりました」
「すまんが頼むぞお前たち! こっちはしばらく大丈夫だ!」
「はい!」
 私は先輩たちと一緒に持ち場を離れ、新たに出現した魔物たちの迎撃に向かう。一刻も早く終わらせて持ち場に戻らないと。騎士たちの支援も距離が離れれば効果が薄れる。
 私は急いだ。周りも気にせず、言われたポイントへ。
 到着した私は驚愕する。
 数は少ない? そんなことはまったくなかった。
「こんな数……」
 私たちが戦っていた魔物の大群と遜色ない数がこちらに向かっている。
「先輩、この数は私たちだけじゃ……先輩?」
 振り向いた先には誰もいない。私は気づかなかった。いつの間にか、一人で走っていたことに。

◇◇◇

 騎士たちが魔物と奮戦する中、視線が後ろに向く。
「──もう終わったのか! ん? あの子はどうした?」
 帰ってきたのは二人だけ。
 オルトリアの姿がないことに騎士が疑問を抱く。
「オルトリアは一人で大丈夫だそうです。魔物の数も多くありませんでしたから」
「そうか? まぁあの子の実力なら大丈夫だろ。じゃあこっちに集中してくれ!」
「はい」
 魔法使いの女はニヤリと笑みを浮かべる。もちろん、そんなことオルトリアは一言も口にしていない。二人は前に集中しているオルトリアを置いて、一足先に帰還した。
 彼女を一人にするために。
 そして……。
「ありがとう。助かったわ」
「ひどいことしますね」
「いいのよ。どうせもう平民になったみたいだし、いなくなってもらったほうがいいわ」
 最初に魔物の襲撃を知らせた騎士、彼も協力者だった。数は多くないと嘘をつき、魔法使い少数で現場に向かわせるように仕向けたのだ。
 距離や場所も偽っている。魔物の軍勢が迫っていることは事実だが、位置的にもまだ脅威にはならない。
 下手に刺激せず、そのまま離れていけば問題なかったにもかかわらず、オルトリアを単身向かわせた。これにオルトリアは失敗し、その尻拭いを他でする。彼女の評価は落ち、上手くいけば完全に排除できる。
「十分後に再度新しい部隊を呼びますから、その時はちゃんと働いてくださいよ」
「ええ、もちろん、あの子の尻拭いをしてあげましょう。先輩として」

◇◇◇

「なんで? 二人は?」
 途中ではぐれた?
 まさか魔物の襲撃に……でもそんな気配はなかったし。
「それより!」
 この大群をなんとかしなくちゃ。明らかに想定よりも多い。
 もし魔物たちが戦っている皆の元へたどり着けば、せっかく維持している戦況が傾く。
 私が何とかするしかない。一人でも。
「雷鳴轟く!」
 魔物に向かって先制攻撃を放つ。雷が魔物をとらえ、彼らの敵意が私に向けられる。
 背筋が凍る。それでも私は前へ出る。
 一緒に戦う人たちを守るために。与えられた役割を果たすため。
「凍てつく風!」
 魔物に向けて魔法を放ち続ける。
 数が多すぎて、全てを阻むことは難しい。だから全体に浅く攻撃して、全ての敵意をこっちに向けさせる。
 いつの間にか私は魔物に囲まれていた。
「これでいい」
 私に集中してくれたら、騎士たちの元へは行かない。ここで釘付けにする。
「私がやるんだ!」
 私は力を振り絞る。一匹でも多く、早く倒す。
 魔物の勢いは増すばかりで、徐々に距離が詰められる。
 大技を使いたいけど、下手に使えば魔物たちが散り散りになり、最悪向こうへ行ってしまう。何より攻撃範囲に味方がいたら巻き込むかもしれない。
「誰か……」
 一瞬だけ加勢を期待して、すぐ諦める。誰かに頼るようじゃだめだ。
 私は一人でも生きられるように頑張ってきたんだから。
 もっと頑張ろう。
 そう……。
 誰のために?
 何のために?
 内心では気づいていた。どうして私は一人で戦っているのか。
 二人が私を置いて逃げてたことも。もしかしたら、これまでの全てが罠だったのかもしれない。
「私……そんなに嫌われてたのかな」
 仕方ない。平民だから、生意気だと思われても。
 我慢して、もっと頑張って、笑えるように……。
 もう、疲れちゃったな。
「──よく頑張ったな!」
「え?」
 力が抜けそうになった時、誰かが私の前に降り立った。
 白銀の髪に白い騎士のマントを翻し、引き抜いた剣は魔力を纏う。
「あとは任せろ」
 瞬間、彼は剣を振るった。
 たった一振りで突風が吹き、地面がえぐれて地形が変わる。
 私は一目でわかった。王国騎士団にはたった一人でドラゴンすら屠る英雄がいるという。
 世界最強の魔剣士、フレン・レイバーン。戦場に颯爽と現れた彼は、数多の魔物に立ち向かう。その姿は凛々しく、見惚れそうになる。
「──! 援護します!」
「ああ、頼むよ!」
 見ている場合じゃないと気付き、私も彼を援護した。
 一人から二人。数では圧倒的に劣るにもかかわらず、戦況は一変した。僅か一分足らずで、戦場の魔物はいなくなる。
「これで一安心だな」
「はい」
 噂通りの強さだ。私が加勢しなくても、彼なら一人で十分だっただろう。おかげで助かった。
 私はまだ……。
「生きてる……」
「そうだ。君は生きているぞ」
 トンと、彼は私の肩に手を置く。
「君がオルトリアだね?」
「え? どうして私の名前を……?」
「注目していたからだよ。君に」
「私に?」
 英雄騎士様が、新人の私を見ていた?
 あまりに突然の出来事すぎて、私は頭の中がぐるぐる回る。そんな私に、彼はニコリと微笑む。
 彼は一瞬だけ躊躇ったように視線を外し、すぐに戻して私に言う。
「──期待の新人がいることは知っていたからね。実は今回の任務に君を推薦したのは俺なんだよ」
「え……」
 どうして? 心の中の疑問に、彼は応える。
「君がどれほどなのか見てみたかった。たった一人で大群の相手をするなんて予想以上だ。ただ、無茶が過ぎるぞ? 俺が気づいたからよかったが」
「す、すみません……その……」
「ふっ、君は勝手な行動をするようなタイプには見えない。何かあったか? たとえば、嫌がらせか何か?」
「──!」
 ビクッと、私は大げさに反応してしまう。
「いえ、その、大群が来ているからと言われて……先輩たちと対処に……」
「向かってみたら一人だった、とかかな? 聞いていた以上に平民に対する扱いがひどいらしいな。まったく、辛い思いをさせたようだね」
 もっと怒られると思った。けれど彼は優しく微笑み、その大きな手で私の頭を撫でてくれる。
「よく頑張ったね」
「──!」
 心で大きな音が鳴る。鐘の音に似ている。響き渡り、ジーンと残る熱い何か。
 身近な誉め言葉が、これほど心を熱くするのだろうか。私は知らない。こんなにも、嬉しいと思えることを。
「あ、あれ……?」
 状況のせいもあるかもしれない。安心して、私の瞳からは涙が零れ落ちる。
「どこか怪我でもしたか?」
「いえ、ち、違います」
 私はお母さんの言葉を思い出す。どんな時でも笑顔を忘れないで。
 辛くても、苦しくても、笑顔を作れるように。そうすればいつか、本当の幸せは向こうからやってくる。だから──
「ありがとう、ございました!」
 私は目いっぱいに笑った。流れる涙を吹き飛ばすように。
 私のことを褒めてくれた人に、精一杯の感謝を伝えたくて。
「──いいな。その笑顔」
 彼の手が優しく、私の頬に触れ涙を拭う。
「ずっと見ていたくなる」
 彼は微笑む。笑顔の先に掴む幸せはある。この出会いをきっかけに、私の日常は大きく変わる。今はまだわからない。けれど、近い将来私は感謝する。
 この出会いに。
 お母さんが私に残してくれた言葉に。